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2010.11.18 「東西古今の文化の潮」
ブルーモスクと噴水カイロからイスタンブールへ。エジプトの空港でも喜捨を求めて荷物を運ぼうとする人ばかり。空港のスタッフも身の上話して金銭をねだってくる。エジプトは一度行けばもういいな。
イスタンブール到着。ホテルから歩いてブルーモスクへ。旧市街地の町並みがすごくきれい。スルタンハメット地区では日本語で頻繁に話しかけられる。そのうちの一つ、ACETESトラベルへ。今思えば本当にいい旅行会社に巡り合えた。日本語スタッフ常駐で安心だった。カッパドキア車中泊ー洞窟ホテルー車中泊のツアーを申し込んだ。その後、おすすめのお店を紹介してもらい、一緒に食事をし、お土産にカッパドキアワインを一本いただいた。
2010.11.19 「イスタンブール」
トプカプ宮殿からボスポラス海峡 手前がヨーロッパ 奥がアジア朝からイスタンブール観光。昨日教えてもらったスポットを中心に回ることに。まずはブルーモスク。靴磨きや露店の客引きが多かった。ブルーモスクはあいにく礼拝中で中には入れなかったけど、美しかった。続いてトプカプ宮殿へ。オスマントルコ時代の王宮であるこの宮殿からボスポラス海峡が一望できる。禁じられた場所「ハレム」へ。スルタンが権力を上手く生み出せるような間取りになっていると感じた。
考古学博物館へ。エジプトと違って写真規制がなく、警備も緩い。トルコ人の寛容さゆえか、考古学は魅力のほんの一部ということなのか。観光客だけでなく現地の人もたくさんいた。現地の人は無料。近くに考古学博物館があればトルコの歴史・文化にも自然と興味持つだろう。お昼はファストフード食べ歩き。サバサンドは美味だった。新市街地の方まで行き、バザールをいくつか見て回った後に、Zekiと出会う。そのまま飲み会が始まった。トルコのお酒「ラキ」で何度もシャラファ(乾杯)した。彼は自由人だった。Zekiの家でまた飲み、音楽を聴き、Zekiがつぶれたのでホテルへ戻った。イスタンブール綺麗。
2010.11.20 「悔しい体験」
ハラム 大衆浴場二日酔い。昼からACETESトラベルでホテルとExpediaと交渉。3連泊の予約をカッパドキア行のため、2連泊と1日に分けてもらった。こういった提案して実行できる気遣いはすごい。昼食もごちそうしてもらった。
昼からふらふらしていると、昨日Zekiと飲んだ時にいたおやじがいた。イスタンブールの名所巡りのために車を出してやると提案される。交渉して各場所の入場料などすべて含めて80ドルで半日観光することになった。昨日飲んだ店のイブラハムと3人で出発。始めにプライベートボートでクルージングしようと提案され、船着き場に。なんかしょぼいと思って乗り込んでしばらくたつと3人で240ドルかかるとか言われる。払わないと降りられない状況。最初からこれを狙ってたのか。結局1時間くらい口論して180ドル支払う。お金より時間がもったいなかった。その後もハラムや風俗に行こうと言われるが、「自分の分は自分で払え」VS「友達にここまでしてやってるのに払ってくれないのか(?)」の会話しかしてない。
自分の分だけ出してハラムに行く。地元の人が行くハラムらしかったので安いはず。ここでも差し引かれていた気がする。ハラムはすごかった。トルコの大男が体を洗ってくれて骨をボキボキならされる体験。でも気持ちよかった。
結局ボートとハラムしか行けなかった。人のことは信じたいけどお金を搾り取ってやろうという人もいる。
夜は夜行バスでカッパドキアへ。バスの案内が適当すぎて乗客の確認もないし、英語のアナウンスもないし、眠れる環境ではなかった。トルコの夜は寒い。
2010.11.21~22 「カッパドキア」
エジプト考古学博物館日程、車中泊-ツアー-洞窟ホテル泊-ツアー-車中泊。
海外の現地ツアーはいつも異文化交流。2日間のツアーでもいろいろな国の人に出会った。朝鮮半島問題がタイムリーで仲良くなった子たちが心配していた。世界に飛び出して知り合いができると、各国の事件を身近に感じることができる。
カッパドキアは自然が作り出した不思議な空間。地下洞窟や大きな一枚岩を削って作った部屋に入って当時の生活を想像した。さまざまな形の岩が連なるが、長い年月をかけて風化し、今の景観ができている。人間がどんなにいいものを作り上げても、自然が作り出したものにはかなわない。力強いその景観に引きずり込まれそうになり、なんども崖から落ちそうになった。柵が一切ないのもすばらしい。
この旅一番の写真では伝わらない光景。
2日間とも夕食は「パノラマカフェ」で食べた。わかりくい所にあったが、来訪者ノートには日本語のメッセージがたくさんあった。OKの発音が特徴的な店主イズマイルは、最近、交差点のわきに割と広い土地を買った。将来そこでオープンカフェを開く。お金よりコミュニケーションが大事だと言う。「いつか子供と来るからそれまで開けといて」って約束した。
ブーツで行くべきではなかった。
2010.11.23~24 「ボスポラスクルーズ、トルコの志高く」
黒海カッパドキアから戻り、ホテル近くのクリーニング屋ですべて洗濯。クリーニング屋がとにかく多い。ACETESで午後のボスポラスクルーズ申し込む。
ボスポラスクルージングでエストニア出身でカナダ在住の一家と一緒になる。まだまだ未知なる場所はたくさんあるな。照りつける日差しの中快適なクルージング。Anadolu Kavagiに着くまでに昼食。のどかな港町に到着。ここで自由時間。すぐに一周してしまえたけど、この町でもドル、ユーロともにメニューに値段表示されている。トルコリラに変える必要なかったと思った。日本国内は円しか使えない。
しばらくクルージングするとボスポラス海峡の終点に黒海が見えた。Poyrazkoyに到着。黒海は名前の通り黒くて、寒かった。軍事施設跡がたくさんあった。要所だったのだろう。帰りはライトアップされた両岸が綺麗だった。クルーが知ってる日本語挙げてったところ、神風、腹切り・・・簡単には印象変わらない。
旧市街に戻り、ホテルに向かって歩いているとセルに日本語で話しかけられた。高田馬場のHUBで飲んだことがあるという点で盛り上がり、初日にもらったワインを飲むことに。その前にシーシャのお土産が欲しくてセルとハサンと雨の中バザールを駆け回った。結局翌日セルに安くていいものを買ってきてもらった。セルのおじさんにあたるウミットが経営する絨毯屋で飲む。日本の歴史について日本語で語るセル。そしてトルコの将来について熱く語る。「トルコと日本は素晴らしい歴史と文化と人間性を持っている。だから世界を変えられるのはこの2国だ。」愛国心と志の高さ。EURO導入もEU入りも望んでない。「国境なんてなくしてしまえばいい。」東西文明の潮であるトルコの若者だから説得力ある。ハサンは中華料理屋を営み、本場で学ぶため、来月中国に行く。やりたいことを自信持ってやってる姿はかっこいい。将来一緒にビジネスできるといいな、と話して帰った。会話は日本語と英語。勉強しよう。
イスラム教についても話聞いた。イスタンブールの人はそこまで熱心ではないが、それでも子供の頃はコーランから人生について多くを学んだと語る。宗教について深く考えたことなかったから新鮮だった。「イスラム教はルールがしっかり決まっている宗教だから伝播しやすく、人格形成に役立つんだよ。」応援部と似てる。
翌日、たまったお土産を日本に送ることに。DHLで送った。保険込みで140€。水分や腐りそうなものは送れない。香水とシーシャのフレーバーは同行することになった。パスポートが必要でホテル間を無駄に往復した。全部セルが面倒見てくれた。日本にきたら案内する。お別れのとき、ウミットがトルコ石くれた。トルコ石は身を守ってくれるパワーストーン。「無事帰国したら連絡して」って。
トルコは絶対また行く。
