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2010.11.25 「アクロポリス」
パルテノン神殿工事中ホテルからトラムで40分かけて市街地へ。ギリシャにもトラム内で金銭をねだる少女がいた。アクロポリス駅で降りるとイタリア人のフランチェスコに話しかけられた。彼女が2日後来るまで一人なので一緒に過ごすことに。アクロポリスへ。パルテノン神殿、ギリシャの整備された町並み、いくつものアゴラがそこにあった。壮大な歴史的建造物を前にすると過去を振り返ってしまう。最終的には周りの環境に感謝の気持ちを抱く。高度な文明の中でどんな価値を生み出せるのだろうか。
明日のクルージングの予約をしに旅行会社へ。トラブル発生。クレジットカードが全部使えなくなった。時差の関係で電話対応もなし。カードのコピーと国際免許のコピーを預けて後日の支払いにしてもらう。
その後、地酒ウゾを飲みにバーへ。味はトルコのラキと変わらなかった。そこでママみたいな人も一緒に飲み、請求が一人240€という高額請求。フランチェスコも動揺。手持ちがなく、キャッシングをする。なぜか一枚だけキャッシングができた。手数料7%。もう金額のわからないお店では飲まない。支払いを済ませ、旅行会社へ。キャッシングはできても支払いはできない。とりあえず明日の朝電話することに。夕食を食べてフェルナンドと別れて、トラムでショッピングモールの並ぶPlatia Katraki駅へ。ウミットにもらったトルコ石に合うチェーンを購入した。
2010.11.26 「エーゲ海クルーズ」
地中海世界朝5時ホテル発、市内のホテル7時集合でPahi港からクルーズ出発。2時間ほどかけてイドラ島へ。常に突風が吹くのを除いて、港と山の景観、のんびりとした島民の暮らし、唯一の交通手段であるロバたちがつくる雰囲気が素晴らしかった。緑色の海を初めて見た。船の上でランチ。ポロス島へ。ペロポネソス半島とわずか数百メートル離れたこの島は360度のパノラマビュー。鐘楼へ続く道案内の看板には英語と日本語の表記が。日本のステータスの高さを実感した。最後にアエギナ島へ。最後の航海中にクルーのManosと仲良くなった。週七で働き、2月3月休みという生活もある。今日は疲れてたので明日飲む約束をした。島ではアフェア神殿、ビザンティン教会聖ネクタリオス、ピスタチオ工場と回った。旅は絶対的なものだ。いいも悪いもない。だから楽しいのだろう。結果を求める旅ほどつまらないものはない。そんなことを考えていた。
2010.11.27 「ペロポネソス半島ツアー」
劇場朝LONDONホテルチェックアウトしてアクロポリスが見えるADONISホテルへチェックイン。朝からペロポネソス半島ツアーに参加。バスで1時間ほど走るとペロポネソス半島と繋ぐコリントに到着。それから1時間ほど走り、ANCIENT EPIDAURUSへ。紀元前4世紀の劇場では市民の交流の場所として重要であったこと、男性の役者しかいなかったことなど聞いた。いきなり歌いだした人もいた。続いてミケーネ文明のアトレウスの宝庫、ミケーネの獅子門と見たが、眼下に広がる景観に目を引かれた。古代文明にもっと興味あればおもしろかっただろう。
昨日仲良くなったギリシャ人クルーManosと飲んだ。飲み代もファストフードのスヴラキもごちそうしてもらった。部屋で飲み直すことになった。気づいたら体触られていた。ゲイだった。恐怖体験。拒絶した時の顔は一生忘れないだろう。ゲイは否定しないけどその対象とはなりえないことがわかった。体の震えが止まらず寝れなかった。ピスタチオ食べて過ごした。
2010.11.28 「デルフィ」
デルフィ跡地結局眠れずにデルフィツアーへ。片道3時間の長い道のり。古代ギリシャ人を動かしたアポロン神託がなされた場所。ギリシャ各地から神託を受けにくる人を集めたこの場所は確かにひきつけるものがある。参道を登ると、景観も空気も湧水も素晴らしかった。博物館では特殊な青銅器文明、エジプトの影響が大きいことがわかり、模型でデルフィ全体予想図が作られていた。近くのホテルで昼食。ギリシャとスペイン、ポルトガルの財政状況についてというタイムリーな会話が繰り広げられた。CNN見ててよかった。急勾配なひっそりとした街アラホヴァに寄り、アテネへ。バスのほうが安心してよく眠れた。国会前で何があっても微動だにせず、一点を見つめる警備の兵士がいた。一時間ごとに交代するらしい。政治について話しかけてきたおじさんと盛り上がったが、最終的には客引きだったと判明した。お茶しようと入ったバーでジュース10€だった。一気に飲み干して急いで出た。明日はいい出会いがあるといいな。
2010.11.29 「アテネ観光 その2」
パナティナイコスタジアム朝ゆっくり過ごす。クリーニング出して、旅行会社のMAKISさんとお茶する。これからギリシャも行動して信頼を得て仕事をしないといけないと熱く語ってた。日本の問題は何かと聞かれ、雇用問題と地域格差を挙げたら比較できないくらいギリシャはひどかった。大学卒業の2割が教授や先生、役人、法律家、医者になり、それ以外は自分で事業しないと仕事ないらしい。アテネと観光地だけだから見てわからないこともあるな。
12時に国会議事堂前の無名戦士の墓で衛兵の交代式を見た。慣習の魅力、非効率の世界観、靖国問題、衛兵たちの人生・・・いろいろ考えさせられる光景だった。
ゼウス神殿へ。ここに来るまではまったく興味なかったけど、神話の物語知りたくなった。焼失したであろう歴史的建造物のひとつ。続いてパナティナイコスタジアムへ。近代オリンピックの立ち上げの歴史、古代オリンピックの制度、スタジアムの各部紹介、音声ガイドで詳しい説明あった。ここまで臨場感のある音声ガイドはないな。オリンピック見る目が変わりそう。偉大な祭典にもっと敬意を払おう。
そこからアクロポリスの周りを一周してショッピングモールを巡った。かなり声かけられたけど対応し慣れた。「東京」とか「大阪」とか言えばいいってもんじゃない。「大阪に行ったことがあるからお茶しよう」って。大阪のどこだって聞いたら答えられないし、ためしに「米子か?」って聞いたら「そこだ!」とか言うし。さすがに信じられない。
我慢できずに夕食は日本食。日本でおいしいとされるものは世界でも人気があるのだと思う。ギリシャでは日本食は高級で、人気。もっと自由に貿易できれば世界各地に日本食のおいしい店できるんじゃないかな。
「みんな生きるためにやってる。」
